お父様が来られました!

これは、先回の記事で紹介させていただいた、

H서방ニムの後日談です。

(私たちはH先生と普通に呼んでます。笑)

お父様を家に모셔 야 돼요

 

今までの家中のお写真を全て整理して、お父様御一人の御写真だけに変えたとたん、事が起きたといわれるのです。

「昨夜、お父様が来られました!」

 

「霊界というものは、一瞬で移動が可能なわけですから、そういう事だったと思います」

「◯◯さんも、そうしていますか? 必ずそうしてください!」

「亨進ニムご夫妻の写真も一緒にね!私は◯◯さんが撮ってくれた、私も一緒に写っているのをハサミで切って、お父様の御写真のフレームの中に入れてます」

 

お電話をいただいて、あらためて確認しすべてを整理しきれていなかったと思いました。

さっそく、何枚かプリントしてカレンダーの表(あと5日だけですが)、子供たちの部屋などかえました。

キッパリとできてなかった事に、やはり自分の中の曖昧さがあると、反省しました。

 

サンクチュアリ協会アーカイブでもダウンロード出来ます。

日本サンクチュアリ協会アーカイブ礼典生活

 

 

サンクチュアリ教会ホームページカレンダーはこちらで購入出来ます

 

やはり長い間、支持してきたことから切り替えるというのは、簡単ではないです。

よもやこのような状況に、自分がなるとは想像すらしていませんでしたから。

中途半端は何につけてもいけません。

どうせするなら徹底的にするべきです。

 

年末年始の季節、大掃除のついでに新しくスタートするいい時かもしれないです!

 

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お父様を家に모셔 야 돼요

日本語が堪能な、韓国人の大先輩(父親ほど)の方が、韓国語と英語もまぜながら、お祈りやみ言を通じ、ひらめいたり気付かれたことを、ほぼ毎日電話で伝えてくださいます。

「お父様を家に모셔 야 돼요」

今日は、お父様御一人で写っておられるお写真を立て、侍りなさいという内容でした。

 

そしていつも励ましてくださいます。

「私はお母様のことは愛しますが、もはやはっきりとしました。お母様がかわいそうな方と思いましたが、もっとかわいそうなのはお父様です!」

「このことが分かるのは、残念だか多くはいないだろう。リーダーは散漫になっていて中心がないから、話してもわからない…」

「◯◯さん、希望を持ってください。喜ばしいのです。亨進ニム・姸雅ニムがサンクチュアリ教会でお父様と共にいてくださるのですから!」
「ここで、基盤を立て未来につなげたいです」

 

その方の瞳からはほとばしる青い閃光が発せられています。その魂は若々しい青年そのものです。

インターネットなどされませんので、初めは映像で亨進様の説教を見ることもありませんでした。ある姉妹が一つのメッセージを送り、そこから全てを理解されました。それは、英語で記されたお父様の霊界からのメッセージです。“三代王権・サンクチュアリ教会、真の御父様に帰ろう”のブログでずいぶん前に紹介された非公認のものです。(現在は消えてます。英語のサイトはあり)

 

「お父様は、何故か私のことをいつも  Hソバン 서방(旦那?)といわれていたんです。」と本当に愛おしく話してくださるので、お父様の香りを感じさせていただきます。

 

H先生、いつもありがとうございます。

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切れないナイフ

「どうせ彼女たちは、切れないナイフだから、大丈夫だろう」

ようは鈍いということだ。

これは私たちが、亨進様とサンクチュアリ教会に傾倒していると知った、牧師と呼ばれる人々によって、あるところで交わされた会話。

 

サンクチュアリ教会 JPN ニュースブログより12月20日クリスマス礼拝説教 【英語説教日本語訳】(その2)

神様を祝い礼拝するとき私たちは何をしているのかといえば神様との関係を築いているのです。この間の韓国語礼拝を見られましたか?神様の花嫁たちが前に出て讃美の歌を歌いました。天から注がれた霊で涙がとめどなく流れました。心情と愛の爆発がありました。これこそ真の女性の時代です。真の女性はキリストの花嫁だからです。売春婦ではありません。夫に対して尊敬すべき誇りある貞淑なキリストの花嫁です。彼女たちこそ真の女性であり、お父様がおっしゃった世界を変える女性時代の主役です。権力とお金を欲し、それに喜びを見出す淫婦ではありません!
主の花嫁を、なめたらあかんぜよ!

 

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十を学び一を知る、一を学び十を知る

予告した時から気になっていた、火の粉を払え!のブログの記事“「御言葉」重視派への根本的な疑問”を読んでみましたが、想像していたのと違った着眼点でした。

それでもコメントも含め、改めていろいろ考えさせられる内容でもありました。

一言で感想をいうと、本末転倒にだけはならないようにしなければと思いました。

み言の究極の目的は再臨主である真のお父様であります。

極端な言い方をしてしまえば、み言を知らなくてもお父様そのものを信じ従えばそれで、神を知り真理に通じるということでしょうか。韓国で多くのおばあさん達がお父様を慕って涙を流しながらこられたのも、お婆さんのそれまでの人生で培った土台でお父様にお会いしただけで通じるものがあるということではないでしょうか。

マタイ9章「20するとそのとき、十二年間も長血をわずらっている女が近寄ってきて、イエスのうしろからみ衣のふさにさわった。21み衣にさわりさえすれば、なおしていただけるだろう、と心の中で思っていたからである。22イエスは振り向いて、この女を見て言われた、「娘よ、しっかりしなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです。」するとこの女はその時に、いやされた。

み言も霊的な要素があると思います。言霊という表現もありますが、目に見える文字だけでとらえると行き詰まるんだなあと感じました。

お父様がみ言全集全て読みなさいと言われたのは、以前 777 のブログの方も引用した聖句、

ヨハネの黙示録21:6“そして、わたしに仰せられた。「事はすでに成った。わたしは、アルパでありオメガである。初めであり終わりである。かわいている者には、いのちの泉から価なしに飲ませよう。” 

ヨハネの黙示録22:17“御霊も花嫁も共に言った、「きたりませ」。また、聞く者も「きたりませ」と言いなさい。かわいている者はここに来るがよい。いのちの水がほしい者は、価なしにそれを受けるがよい。

というような意図を含んでいたとはいえないでしょうか?物理的に見て全ての人がそれを全うするのは、結構大変なことだと思いますが、初めから私たちの判断で制限するべきではないことです。

真の父母という意味や生涯で勝ち取ってこられた内容を、私たちのためにありとあらゆる方法と表現で分かりやすよう、膨大に示してくださったみ言。その意味で一言一句変えてはならないと言われるのはまったくそのとおりであり、重複しているとおもっても、語った時と場所が違っておられるのならそのこと(重複していること)自体が意味をなすと思います。

とてもシンプルな一言でも表されてもおられます。

為に生きる 

この一言に宇宙の根本原理があるとしても、それだけでは精神生活と社会生活を乗り越えるには足らないと思う人もいれば、この一言ですべて関連付けてとらえられる人もいるでしょう。


STEREOTYPE!

 

 

 

 

 

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The Ten Commandmens

映画の「十戒」のことです。セシルB.デミル監督、チャールトンヘストンとユルブリンナーの。

皆さんも観たことありますか?

 

これと初めて出会ったのは、

小学6年最後、リバイバルを映画館で鑑賞したときです。

見終わり、涙が流れました。

モーセがかわいそう、ヘブライの民何で~と子供心に思いました。

 

すっかりはまりパンフも買い、あらすじをみると

「出エジプト記」よりとあるので、聖書と知りませんから本屋で探しました。

中学生の時岩波文庫版を購入。ついでに「モーセ」というのも購入。

最初の出会いから6年後、霊の親に出会い

ビデオのリストの中に ✨モーセ路程✨ とありましたので

それを見るためにコース決めました。

 

 

 

そのせいでしょうか

真のお父様とモーセが重なるときがあります。
現在も

亨進様と國進様がヨシュアとカレブに重なるときがあります。.

 

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自然に、とはしてみたもの

これがブログのタイトルなわけですが。

自然 って、私たちの世代では結構遠くなってる可能性ありませんか?いろんな意味で。(6500双です)

 

3回目の投稿になります。

3というのは三日坊主とか一般にも言われる様に

まず早々に来る峠ですね。

条件をたてるときも、21日、40日、120日の期間とあるなかで

最初の3日間というのが、本当に気合をいれて

全体を乗り切るために緊張と挑む姿勢がいります。

お相撲さんが、自分の顔面を立会い前に「パンパンッ」て

やってた記憶がありますが、そんな感じでしょうか。

ちょっと違うかな

 

ということで、すでにナーバスになっている自分に、これを書きながら

発破かけている状態です。

み言の収集力も表現力もないし、大した経験もありませんが

なんかふつふつと来るものがありまして。

それはテーマにもしている「お父様を求めて」というところから

来るのではないかと、今迷いながらも自分の中から囁くのです。

 

毎日アミューズメントパークに通ってる気分です。

ローラーコースター       目を閉じない様にするのが必死です。

上昇のときの緊張と高揚、

頂点に達してガッて下降する一瞬だけ感じる何とも言えない昇天感。

間髪入れず来る恐怖、シヌ~‼️ってなります。

そして順番を待ってた人たちを見たときの安堵感。

信仰というのは、中毒性があるのかもしれないです。

 

こんな感じでちょっと異質かも知れませんが、

それでもお父様は生きておられると、

最大にして最小の、ちっさい方の何かを証しできたらなぁと思います。

 

亨進様、國進様には本当に感謝申し上げます。

 

昔からおかしな状態ではありましたが、

お父様が聖和されてからは、何が起きてるか知らないながら

「一旦潰して、ゼロかやらないともうどうしようも無い。

誰かお父様の願いを真実に従い果たす人が出てこないかな~」

と思ってました。一地方の現場から見ても。

 

多くの困難を超えて、立ち上がってくださった二代王様に、

心より感謝申し上げます!

 

栄光在天!

 

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わだつみは蒼く澄みたり

 

20代初めのころ、衆議院議員候補者(教会の)の後援会事務所にいたことがあります。

担当した地域の支持者に、特攻隊と回天から生き延びた方たちがいました。

その方たちの話を聞いて驚いたのは

とても明るく前向きで、戦争時のことを恨みに思っていないことでした。

どんな状況の中にあっても、主体的に生きるということが、

どんなに大切かということを強烈に教えられました。

 

お二人は生きて家庭を持たれお孫さんまで生まれましたが

一方では多くの方々が犠牲になりました。

世界中の人々が。

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世界日報社会部/泰流社

 

昔読んだお父様のみ言の中に

-太平洋に散っていった、たくさんの若者たちの魂を救ってあげなければならない-

とありました。

その時静かな感動を覚えたものです。

 

去る12月6日、ペンシルベニア州ニューファンドランドにあるサンクチュアリ教会で、文亨進様ご夫妻による210代先祖解怨祝福式が執り行われました。

それを境に霊的雰囲気が変わってきているそうです。

洋介さんのブログ

お父様のご意志がこのようにしながら成されていくのだろうと感じました。

 

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