天地人真の父母定着実体み言宣布の意味 その3

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「父母定着実体み言宣布」の字解

『天国を開く門 真の家庭』、『平和の主人、血統の主人』とは何ですか?家庭ではないですか?誰の家庭ですか?父母様の家庭ですお母様と私と完全に一つになったという最終の一体圏の上で服従するという宣言の下に事がすべて始まるのです

皆さんが事態的な自立勝利の覇権者にならなければ天国の皇族圏内に同参することができないということをこの時間に宣布するのです。

それでこの時間を貴重に思って、皆さんが分かりうるだけの内容で教育しているのですが、師の責任を最後まで果たそうと、一秒も忘れないように苦労する教育の信念を皆さんも持って生きなければなりません。息子、娘を育てなければなりません。恩讐の子を息子、娘にするために先生が精誠を尽くしてきましたが、皆さんの息子、娘を天国の民より何百倍もりっぱな息子、娘につくり上げるために私が努力してきた時間を惜しみながら守ることができなければなりません。そういう人にならなくては、天国の皇族圏内に入ることはでいません。

残される群れが十四万四千と言われてますが、一万二千人を十二倍すれば十四万四千人です。第一の復活に同参した人だけが残されると言われています。その時が近くに来ています。

皆さんは座っていても、つかんで立ち上がらなければならないのです。お母様もそうです。お母様も私がつかんであげるのです。私をつかまなければなりません。私をつかみなさいというのです。私は倒れません。私をつかんで最後まで信じるようになれば、一緒に行くことができるというのです。そのことを決定する瞬間が歴史の宿命的な決定の時間であると宣布する日として、神様も待ってこられたので、その日をこの朝に宣布しました。

韓国民族の伝統的思想は「ハンニム」(한님・一なる大いなるおかた)、宇宙にはおひとりの主人しかいないというのです。韓国民は、そのハンニムに侍る民族です。ハンニムが神様になったというのです。一つ、二つ、三つ!数理と係数を中心に秩序整然たる大宇宙を想像したのは、ハンニム自体だけではだめなのです。神様がいらっしゃらなければなりません。一があってこそ、二があるのです。私たち韓民族は、天を知りません。

それでも侍ってきたのです。高句麗以前からハンニムに侍ってきました。宇宙にはただおひとりのだけの貴い主人がおられるというのです。神様という言葉は使いませんでした。ハンニムです。夜も昼も一なる主人に侍る民族、そういう民族は韓国人しかありません。神様が万物を想像して実体を持って現れるのです。一つ、二つを数えることができる実体世界の主人として、おひとりの神様の位置まで現れるのです。

神様になることができる内的なおひとりと、実体を持った一、二の数理世界とは違います。一つは高い山(凸)になっていて、もう一つは穴(凹)になっていますが、穴は水平になることができません。

天地に創造された世界は水平世界ではありません。夜の世界や水の世界に丘があり、昼となる高い山と平野と丘があるように、丘が必ずあるのです。

調和の世界になれなければ、安着地になることはできません。それゆえに天地人真の父母定着実体み言宣布です。み言を中心として実体を宣布したのが、2010年5月何日ですか?(「27日です」)五月二十七日です。

一九九七年に七数の完成を夢見ましたが、初めて相対以上の調和の世界が現れたというのです。……天地人の中の「地」の字をどうしてこのように折ったのでしょうか?三水偏(氵)を付けたように見えます。三水偏(氵)に似ています。

ですから、どこに基準を置いて書かなければなりませんか?一番下の底に基準を置いて書かなければならないでしょうか?底を中心にして端から「也」を書いて、創造理想の内外を分けて書きました。先生がそう言う考えをしながら書いたと思った人はいないでしょう。そのようになっています。

「참」 チャム(「真の」の意)の字は明らかです。「참」の字は、「자」チャの字の真上に(、)を打ち、中に口が入っています。天地父母は口がなければなりません。(ハングルの子音の)キオック、ニウン、ティグッ、リウル、ミウムのミウム(ㅁ)です。真の父母の「父」の字は点が二つです。後でこの棒を中心にして「母」の字の一番端に行ってくっつきます。解いて書いてみなさい。

「母」の字は始めの部分で頭が割れていて、穴だけがポンと突き抜けています。「母」の字が上に上がったり下に下がったりするのです。下に降りてから、このようにして線を引いて初めて「母」の字の頂とこれが連結されるのです。それで定着できる相対理想が現れることができる「母」の字なのです。

「女」字を逆にして、二つを張り付けて点を打ったのが「母」です。「母」というのは、女を百八十度逆にして組み合わせた字です。下から上に登ってきて上の穴をふさいでしまい、真ん中にいて渡るのに、降りてから登って右側の基準を持ってきて、ちょうど中央に掛けておきました。

その次に定着の最初と連結させて「定」の字を書いたのです。女がいなければ定着ができません。「着」の字も、足を右から左につけて、その下にあるのが「日」の字ですか、「目」の字ですか?(「目」の字です)……七数を合わせたのです。二つの根から三つの枝に分けて伸ばし、これがずっと来るのですが、下が三数になってはいけません。もともと「日」の字を書くときはこのようにして、これをこのようにしておいて、中をあけるようにして、下にはこれくらいの差が残らなければならないというのです。それは「目」の字ではありません。それでは七数になりません。

一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二と、十二が合わなければなりません。十二数がです。それゆえに双子の峰を載せた「王」の字の下にこれ(ノ)を付けて、これで一、二と、それに一、二、三、四、五で、ここは七数に当たるわけです。「目」の字と思われるかもしれません。分かりませんか?ここからわからないように点を付けておいて、下はあけてあります。

それが先生の最後のみ言による文字解きの秘訣、「判決正文版」です。あっているかどうか見てみなさい。定着の「着」の字はここに三本あって、ちょうど、三人が冠をかぶっています。旧約時代、新約時代、成約時代です。実体の「体」の字は「人」偏に「木」を置き、倒れないように柱を打ち込んだのです。画数が一、二、三、四、五、六、七で、七数をちょうど満たしています。「体」(體)の字は、もともとは「骨」偏に「豊」の字を書きますが、略字にすると「人」偏に「本」の字を書きます。

宣布の「宣」の字は「み言」の端にくっついています。「宣」の字の点が一番大きいのです。点を付けて、その次にこのようにして。これは神様を象徴します。み言の上に神様ですが、その神様がどのように出てくるのかと言えば、正に宣布の下に降りてくる、実体み言宣布大会なのです

「布」の字は一度キヨック(ㄱ)を書いてから消してしまい、このように書いたので、この隅に白い点が……。私の目には白い点が見えますが、見えますか、見えませんか?皆さんの目には見えないでしょうか?こうしておいて、ここに「巾」です。

これに「民」の字の上部を書くと、「吊喪」という言葉、葬式の死体を意味します。死体が蘇るというのです。

天地人真の父母定着実体み言も、人のためにはどうですか?人以外にはないというのです。東西南北、四方の上に人がいて、み言、人を宣布するのです。み言が東西南北に線を引いて人を立てるのです。み言が今まで全体の代表の役割を果たしてきました。そうして、サタンが権勢をふるってきましたが、引っ繰り返るのです。これからは百八十度変わるのです。下がっていくのです

左手はこのように一から十二まで持つと、ここから左に曲がっていくので、水平線に分けられるというのです。水平線を中心にこの世界において端と端が中央点を中心に連結されますが、一、二、三、四、五、六、七番目になってこそ初めて、人が自分の時代をむかえます。七数を完結するのです。人の完成です。地ですべてを完成するようになっているのです。

神様が侍る侍義時代ではありません。「神様に侍ることができる地であるために、太平聖代を成すことができる家庭盟誓が出現せり!アージュ」という解釈になるのです。

それでは、重点があるのは、こちらですか、あちらですか?頭はどこですか?「天地人真の父母定着」が頭か「実体み言宣布」が頭かといえば、「天地人真の父母定着」は体であって頭ではありません。天地人父母は宇宙の鳥の尾(冠飾り)です。

実体の神様、夜の神様と実体の万王の王と真の父母が初めて頭になることによって、天地の原則的な世界の復帰が完了するのである、アージュ!「トェッタ」(「オーケー、よし」の意)

「トェッタ」というのは中国の地の意味です。中国人が韓国を評価しています。中国が放してくれるのか、放してくれないのかというのです。北朝鮮の地の金銀財宝を中国のものとして名義を移動したことを知っていますか?それの主人にはなれません。

「初不得三」チョプドックサム(うまずたゆまず行えば成功できるという意)で、始めたら再び行き直す事ができません。そこで消えなければならないのです。初不得三を計算しながら生きる民族は、ただおひとりだけの神様に侍ることができるのです。おふたりなら夜の神様と昼の神様ですが、万王の王と真の父母が……。万王の王に侍ることができる民がおらず、真の父母に侍ることができる民がいません。……一つになった神様おひとりの主人の種がないので、皇族がいないために、その種を受けられる根本の天地の父母が再び現れて宣布してくれてこそ初めて地は安定安着、永遠太平、億万慶時代を超越するのであり、それは永遠無窮に継続せざるをえないのです。

実体と対象は根本的に同じではありません。主体が実体になるのです。それで「すべて成し遂げた」となるのです。

家庭盟誓を唱えることができる最後の結論を宣布するきょうこの時間となったことがすべて分かりましたか

キリスト教の思想では、十四万四千の群れ、十四万五千の群れだけが生き残ると言いますが、十五数です。無形の神様と実体が十五数で相手を合わせたので、これだけが永生するのです。消えないで永存するのです。アージュ、オーケー、結論が出ました。理論を立てる暇がありません。そうならなければなりません。


 

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