天地人真の父母定着実体み言宣布の意味 その6 最終

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天国がわが祖国

きれいに結論を締めくくりました。

神様は絶対者なのです。絶対者として存在しうる内的な雲のようなものとは何でしょうか。足場が地になければなりません。その足場が何かと言えば、絶対唯一です。唯一の足場、永遠の足場、瞬間的な足場を神様は持ち、その上に立たれています。堕落がなかったなら永遠無窮の真の祖国光復の主人になることができたのですが、偽りの父母が引っ繰り返してしまったのです。それで、真の父母時代にこのすべての問題を懸けて解決しなければ解放の理想本郷の地は永遠に現れないのです。

その仕事をして解放完結を成して宣布する時間が天地人真の父母……。「父」の字もそうだし、「母」の字もそうです。定着し、侍らざるをえません。安着のウ冠(宀)もこれも引っかかるものがありません。あの「着」の字の下の部分まで通じるのです。

いまだに安着ができていません。ウ冠に三人の人が、大きい人が一つになって、その一つになった膝の上に「人」の字を乗せて体が立ってここの後ろまで……。七数、八数を中心にして七から、八、九から十数まで、十一数、十二数、十三数まで越えていって、この十字の中で、ここの中で二番目をふさいでしまい、二本の支えを東西にふさぎ南北にふさいだので人は倒れないというのです。その余計なものはすべて天地人父母安着が不安です。この上にみ言が宣布されるべきものが逆になっています。

ティグッ、リウルの上に行くべきものが引っ繰り返ったのです。「布」の字が何かと言えば、「布」の字は葬式の日です。忌日を表す時にこの字を使うことを知っていますか?「民」の字を書くことを知っていますか?三番目が(「宣」の字を見ると、み言を象徴する「いわく」という意味の)「日」の字の下にみ言と一つになったとして初めて「一」の字がこの字全体の最も低い位置に付けられており、この「布」の字までもその上にあって、この支えはその一の字の中に刺さって見えないというのです。あの字の中がすべて説明されているというわけです。

 いざ知ってみると、すべてが、明月天下が美しいですね。夜空の光が一つになった恒星群、空中に浮かんだ恒星が群れをなして、夜の神様と昼の神様が一つになって先生の頭の上を照らすので、永遠にその光が消えないので、永遠な解放天国であらざるを得ないのである!船を漕いで行こう……。その実感が分かりますか?

 私の祖国、神様の祖国の民として私は生きます。サタン世界とは永遠に離別したので、そこに現れたりすると瞬間的に消されてしまう。そこに現れるようになれば、眺めていることはできるけれども、君たちの先祖と民と後孫が待っていたのに、それまで嫌だとするなら、君たちの後孫たちだけではなく地上の天の眷属までも三分の一を逆に食い尽くしてしまいうる輩が出てくるのです。神様は夢にも想像できないふざけた真似事が生じえないようにしなければなりません!アージュ。よい。結論がそのようになっています。惨めな族属を残すなというのです。

祝福を受けた人は四百三十冊の先生の自叙伝を中心に今や氏族メシヤの統一世界が決定され、昇華式が重生昇華、復活昇華……。先生はその過程を経てきたけれども、君たちはその過程を経なくても昇華式へと越えていける特権を賦与するので、先生の歴史に、これをそのまますべて成し遂げたと言える人になれというのです。

間違いなく一人も残さないで地獄に……。そう言っても分からないなら、私が足で蹴ってでも千里の遠くまで行って消えたものをさっと隠し抱いて連れて入って行けば、一人たりとも地獄へ行く人がいなくならざるをえないというのです。天国だけが私の国と私の祖国とならざるをえなくなるのです。

それでは「統一賛歌」を歌ってみなさい。船を今漕いで行きます

(歌)

「船を漕いで行こう…」、今も行きます。「険しい海の波を越え、向こうの丘に…」、先生も行きます。先生と一緒に行くのです。「山川景観、麗しく、風涼しき所、希望の国へと帆を上げよ。吹く風を受け、波を越え、前に進もう、自由・平等・平和・幸福に満ちた所、希望の国に……」、神様の祖国と故郷です。わが故郷であり、わが祖国です。

ユートピアの定着です。ユートピア、統一天下のことです。ユートピアとは、ユニオン、理想の世界のことです。「ユートピア、自由世界、自由、平等、平和、幸福が満ちた私の国へ行って暮らします」と言うのです。

-以上-

 

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船を今漕いで行きます

これはまさしく今、國進様が例えられたように、沈みゆくタイタニック号(家庭連合)からサンクチュアリ教会という救命ボートを漕ぎだしている、全世界にいるお父様の権威に戻ってきている食口たちの現状ではないでしょうか!?

 

P.S.  もう日付が変わってしまった所もあると思いますが。

1275双の祝福記念、おめでとうございます!

-追記-

来年以降も記念日を祝えることを、切に願うものです。

 

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