「アトランタはアンタッカウンだね」

本当に嬉しい情報がありました!

もうすでに主要なブログでも紹介してくださいました。

皆さんありがとうございます。
姜賢實先生がサンクチュアリに来られました!

 

私の中では、大げさでなく

「そうでしょ!そうなるはずですよね、お父様!!」

と言う気持ちで鳥肌立ちまくりです。

この気持ちにはそれなりの、裏ずけといいますか根拠があるんです。

「お父様はどんな時にもかわらずに、役事して下さるんですね?

心から感謝いたします!」

とお伝えしたいです。

 

 

15年以上前にさかのぼりますが、もうすぐ大勢の宣教師が聖職者祝福に向け、日本から動員されてここアトランタにやって来るというときのことです。

忘れることのできない、強烈な出来事がありました。
その当時しばらくここでは水面下で壮絶なバトルが展開していました。

戦いの当事者は、米東南部6州の中心である教区長夫妻と 、韓国人教会の二世の教会長夫妻でした。(この教区長が後にお母様の側近にまで上り詰めるとは…。二世の奥様はカープ開拓功労者の娘さん。)

いわゆるツートップなわけですが、厄介なことはその事実を私以外の誰も知らなかったということでした。

なぜなら、最前線はうちのダイニングテーブルでしたので。

普段はどちらも責任者ですから何事も無いように、公的場面ではつくろいながらもお互いしか感知しない攻撃があったようです。

どちらかというと、教区長が若手の二世教会長をいじめたというのが私の印象です。今的に言えばパワハラでしょうか?

それで実戦は、両方のサモニム(奥様)が交互に我が家に訪れ、お互いの事を言い放って帰るというのが続いたわけなんです。ですからダイニングテーブルが最前線というわけでした。

 

二世のサモニムは霊界のお父さんと交流したりとか霊的に敏感なところがありました。

それで「昨夜教区長(実際は名前を呼び捨て)の霊がやって来た」とか 「(集会の壇上の)教区長がスカル(骸骨)に見えた」とか言われるので、私もおかしくなりそうでした。

 

その事を誰にも言えないという苦しさがありました。当人どちらにも分かったら困るし、ここの最高責任者のことですから…

 

七転八倒しながらも他にも人種間の問題とかいろいろ複雑にありましたので、教会の敷地にある聖地に40日通ったりしながら過ごしていました。

もう直ぐ宣教師がやって来る、どうなってしまうのだろうと不安が押し寄せました。

そんなおり、ふと頭の中でよぎった思いが…

(こんな時、前にも来てくださったアンティグアの国家メシヤの金鎮文先生がお父さんとして来てくださったらいいのになぁ…

あ、でも国家メシヤは今ハワイでお父様の修練会中だからムリだよね〜)

そうしたら、2日もしないうちに
「◯◯さん!お父様がハワイでの修練会を中止して 、全米各州に国家メシヤを送ってくださることになりましたよ!」

と連絡が入りました。そしてアンティグアだけでなく、ロシアの国家 メシヤの姜賢實先生までも送ってくださるというのです。

私は全身身の毛が立つほどの、嬉しいけれど そこまでお見通しですか?!という衝撃を覚えました。

しつこいですが 、これは祈ったわけでも、独り言をつぶやいたわけでもなく、

ほんの一瞬、頭をよぎっただけなんです。

そんなこんなで、二世のサモニムが 姜賢實先生 に問題を相談しながら、

「あの人たちに言うことはできないので(どうにもならないので)、あなたが忍耐しなさい」

とご指導くださいました。

宣教師にも全体的に見守って くださりながら、その動員期間を過ごすことが出来たのでした。

 

先生がたが ニューヨークで行われた祝勝会に行かれ、お父様に

「アトランタから来ました」と姜先生がおっしゃったら、

「アトランタ…アンタッカウンだね」

と、お父様がおっしゃいました、と報告してくださいました。

それを聞いた私は、「やっぱりそうなのか…」とさらに深刻さを実感したものです。

腹をくくってかからなければならないのかと…(ー ー;)

 

아틀란타(アトランタ)=Atlanta

안타까운(アンタッカウン)=切ない

 

お父様がよくされる、言葉の音の語呂合わせ?だと思いますが、

音が似ているのかと突っ込まれそうですが、

「切ない」という意味は

どんぴしゃりであると実感したものです。

 

 

ということで、皆さんにお伝えしたい内容は

お父様がその様な方であるということでした。

このことは私が話さなければ、誰も知らずなんでも無いこととして流れるものです。

実際、うまく伝えようとして試みたことはありましたが

私の足らなさゆえに簡単に聞き流されてしまったことがあり、

お父様を証しきれないことの不甲斐なさを思い知らされました。
この度、姜賢實先生が二代王様、勝利されたカインとアベルのもとに戻って来られたのも、

まさにお父様の導きであると、あらためて感動いたしました!

ご本人もそうおっしゃいましたね。
懐かしいお父様、心から感謝申し上げます。

言葉では足らないほどです。

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この戦いに負けるわけにはいきません

二代王のみ言を学べば学ぶほど、今まで自分が理解していたことが、なんて低い次元だったのかと思い知るこの頃です。真の父母という内容、真のお父様についてもなんと狭い視野で見つめてきたことか…

お父様が御聖和されてからの混沌の時を思えば、生きて働いてくださる神様とお父様を日々実感できることに、言葉では表現できないほど感謝の気持ちで一杯です。

同時に誰も理解しない中で戦ってくださった苦悩が、やるせないほど申し訳ありません。

今もお父様の権威に立ってあらゆる誹謗中傷、迫害を諸共せずに前進してくださる二代王様が、いかに困難を突き進んでくださっておられるのか…

 

今のアメリカで起きてる出来事も、国と世界を二分するほどの勢いです。トランプ次期大統領の使命を多くの真のクリスチャンやサンクチュアリのシックが真実を伝えて下さっていますが、まだまだたくさんの人がサタンの洗脳下にあって知らずに反対しているのです。

「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」と、イエス様が語られたことを思い出します。

家庭連合の兄弟姉妹のことを思えば、本当に切ないです。

だからこそ、この戦いに私たちは絶対に負けるわけにはいかないのです。今始まったばかりの。

亨進様2016年11月27日説教「王国は近い」」

一つの公約であった、エアコンの企業の1000人の雇用を守った

大統領就任前に、公約の一つであったエアコン企業の雇用1000人を守った

 

 

以下にお父様の真実のお姿を垣間見る、素晴らしい証が掲載されていましたので自分のためにもここに残しておきたい思いで、転載させていただきます。

増田ご夫妻は以前アトランタに住まわれ、沢山恩恵をいただきました。

『いつも私のとなりに神様』イエス様を「あの男」と呼ばれたお父様!その所以は!?より

ー増田勝先生(777双)の証ー  (一部省略だそうです、太字は私の感じたところとして変更しました)

さて、私がどのように真のお父様
に出会ったのかをお話ししましょう。
1965年1月に、真のお父様は日本に聖地を
決定されるために来日されました。
そのときが、私にとっての真のお父様との
最初の出会いでした。

真のお父様もうれしそうに、
元気にみ言を語り続けてくださいました。
満面に笑みを浮かべての説教でした。
一動作、一動作に
“こんなにもあなたたちを愛している”という、
真のお父様の世界を感じ取りました。

話が進んで、お父様が
「何か聴いてみたいことがある?」と、
私たちに問われました。
「UFOは存在しますか?」などと、
面白い質問が出ました。
中には、全くばかげた質問もありました。

そのとき、だれかが手を挙げて質問しました。
「イエス様はどういうかたでしたか?」。
この質問には深い意味が隠されていると思います。

そのときに、真のお父様がどのように答えられるか、
その答えが、私にとっては非常に大切な答えだったのです。
クリスチャンとしての私にとって、
イエス様は「救世主」です。
それは、統一教会に来てからも変わらないのです。
むしろ、既成教会にいたときよりも
大きな位置を私の中では占めていました。

そのとき、真のお父様は一瞬、天井を見られてから、
すぐに下を向かれました。
そのとき、答えはどのように発せられるのかと、
会場はシーンとなりました。

ボタボタと、水滴の落下する音がしました。
その後、再び真のお父様が真正面を向かれたとき、
それが、お父様の涙が床に落ちた音だと知ったのです。

そして、静かに語られました。

「あの男は、かわいそうな男だったよ」

この一言は、私と真のお父様との重要な出会いとなり、
絆を結ぶ言葉となりました。

しかし、この言葉は、
イエス・キリストを信じないで来た人、
その反対にイエス様を深く愛した
クリスチャンであるけれども、
「(統一)原理」を聴く機会を逃した者にとっては、
考えることのできない言葉です。
イエス様を「あの男」と言われたのです。
聞き方によっては、非常に乱暴な言葉でした。
でも、その言葉を聞いたとき、
震えるほどに私は感動したのです。
そして、“このかたはイエス様である”と思いました。
2000年の時を超えて、
“イエス様が、ここにお立ちになっておられる”
と思ったのです。

普通であれば、イエス様を三人称で呼ぶ場合、
「あのかたは…」と敬称をつけて言うでしょう。
ところが、真のお父様は「あの男」と言われたのです。
普通、会話で自称に敬語は使用しません。

真のお父様が、イエス様を「あの男」と言われたのは、
自称で言われたのです。
「あの男」と語られた真のお父様は、
イエス様を客観的に見詰めるのではなく、
十字架をご自分の痛みとして、
無念の心情を見詰めておられたのです。
だからこそ、「あの男は、かわいそうな男だった」
と言われたのです。
そのとき、時を超え、歴史を超えて、真のお父様は
イエス様を見詰めておられるからこそ、
私は“このおかたは、イエス様である”と思ったのです。

“イエス様の再臨として、目の前にお立ちになっている”
と思いました。
そのとき、名実共に、真のお父様はイエス様の再臨として、
私の心の中で合致したのです。

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この証で私の中でつながった、シャボン玉さんの記事も一緒に載せさせていただきたいと思います。

『シャボン玉のブログ』今まで聞いたことのない内容が書いてある原理原本。そして原理本体論の話より

<原理原本 原文>

원리원본-제2편 창조원리와 타락섭리 – 제1장③

原理原本 – 第2編 創造原理と堕落摂理 – 第1章③

제2절 그렇다면 타락의 시작을 알아보자.

第2節 それでは堕落の始めを調べてみよう。

아담 해와가 범죄 하고보니 본래 아담 해와에게 주입하여준

하나님의 근본 자체인 터 즉 생심을 중심하고 장성하여

하나님이 임제할 수있는 터 자체 즉 아담의 영인체는

악을 범한 자체의 몸에 있을 수 없으므로 하나님이 거두심이었다.

アダムとエバが罪を犯したので、本来、アダムとエバに注入してあげた
神の根本それ自体であるところ、すなわち『生心』を中心として成長して
神が臨在できるところ、すなわち、『アダムの霊人体』は
悪を犯したその体にいることができないので、神が取り上げられた。

그런고로 법죄 하기 전에 영인체 자체가 하나님 우편에 계시었다가

제2 아담 격으로 보내심을 받은 그 분이 즉 독생자 예수였다.

독생자라는 명사도 여기에 명백하게 되는 바이다.

죄를 짖기 전 아담의 영이 예수의 영에 주임 받아 오심이 근본 목적이었다.

それゆえに、犯を犯す前に、霊人体自体が神の右側におられたが
第二アダム格として送られたその方が、すなわち、独生子イエスであった。
独生子という名詞もここに明らかにされるものである。
罪を犯す前のアダムの霊がイエスの霊に注入されて来られることが根本目的であった。

그런고로 예수는 죄를 짖기 전 아담의 완전 성숙한 존재로 나타나서

복음을 시작하심은 무슨 목적이냐 하면

잃어버린 자녀들을 찾아 옮겨 놓고자 함이 근본 목저이다.

それゆえに、イエスは罪を犯す前のアダムの完全成熟した存在として現れ
福音を伝え始められたのは何が目的かというと
失われた子女たちを探し、移しておこうとすることが根本目的である。

그런고로 오날 인간은 원수의 몸에서 구속받고

참부모를 잃어버리고 사니

그 양심적 고통은 이 사실을 알려주는 간접적 자극이다.

それゆえに、今日、人間は恩讐の体に拘束され

真の父母を失って生きているので
その良心の苦痛とは、この事実を知らしめるための間接的な刺激なのである。

그런고로 우리는 예수의 품으로 올겨 놓아

하나님을 근본 아버지로 직계혈통 관계를 맺지 않으면 안될 중대 책임이 남아 있다.

이것이 예수님이 오셔서 성사를 완성지 못하였기에

재림의 요구가 되게 되었다.

それゆえに、私たちはイエスの懐に移されて
神を根本の父として直系血統の関係を結ばなければならない重大責任が残っている。

イエスが来られたが、これを完遂できなかったがために
再臨の要求がされるようになった。

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