全ての歴史は現在に至るまで脈々とつながっている!

韓国側がアメリカの支援で THAAD (アメリカ陸軍が開発した弾道弾迎撃ミサイル)を配備すると決定したことを受け、中国にあるロッテデパートなど韓国系の店舗などを閉鎖させたといいますから、北朝鮮の背後の巨大な軍事勢力を持った中国が本気であると分かっていきてます。

東シナ海開発の問題もあります。

1 近年,中国は,東シナ海において資源開発を活発化させており,政府として,日中の地理的中間線の中国側で,これまでに計16基の構造物を確認している。

2 東シナ海の排他的経済水域及び大陸棚は境界が未画定であり,日本は日中中間線を基にした境界画定を行うべきであるとの立場である。このように,未だ境界が画定していない状況において,日中中間線の中国側においてとは言え,中国側が一方的な開発行為を進めていることは極めて遺憾である。政府としては,中国側に対して,一方的な開発行為を中止するとともに,東シナ海の資源開発に関する日中間の協力について一致した「2008年6月合意」の実施に関する交渉再開に早期に応じるよう,改めて強く求めているところである。中国による東シナ海での一方的資源開発の現状 外務省サイトより

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【韓米同盟が崩れれば中国属国は時間の問題】の横断幕を持って闘った韓国聖殿の食口たち

 

 

以下チャンネル桜という動画サイトからです。

驚くような内容もありましたが、亨進様が語ってくださることの理解を深めるのに役立った気がしました。常に名指しで批判されている政治的悪魔崇拝者のこともでてきます。

この討論会は当然ながら日本人としての視点で語っていますが、歴史の流れから分析しながら、韓半島、中国など東アジアの現情勢を理解する上でも勉強になりました。

歴史の流れと世界のつながりというものが偶然の産物ではなく、その時代のある人物たち(悪なら悪の)を通して具体的に展開して来たんだなあと思いました。

そして現在私たちが直面している現実と、途切れる事なくつながっているんですね!

この討論会の中で、いかに意図的な情報操作により最悪な流れに誘導されて来たかということも理解できました。

このような本当の事を語ってくれる知識人の声が一般の人にもっと浸透して、一人一人が真実を見抜けるようになったら、と願うものです。

 

かなり長いです。途中二回の休憩が入り約一時間ごと三回に分けています。

 

いくつかのよく分からなかった用語

通州事件(つうしゅうじけん)とは、1937年(昭和12年)7月29日に中国陥落区の通州(現:北京市通州区)において冀東防共自治政府保安隊(中国人部隊)が日本軍の通州守備隊・通州特務機関及び日本人居留民を襲撃した事件[9]。通州守備隊は包囲下に置かれ、通州特務機関は壊滅し、猟奇的な殺害、処刑が行われた[9]。通州虐殺事件とも

コミンテルン(ロシア語: Коминтерн、カミンテールン、ラテン文字転写例:Komintern、英語: Comintern)は、1919年から1943年まで存在した、共産主義政党による国際組織である。別名第三インターナショナル。

スカル・アンド・ボーンズ(Skull and Bones、S&B、頭蓋骨と骨)はアメリカのイェール大学にある秘密結社。「The Brotherhood of Death」の異名がある。会員名簿は公開されている。ウィリアム・ハンティントン・ラッセルと、従兄弟のサミュエル・ラッセルが1832年に設立した。また彼らはラッセル商会とカルパーリングをも創設した。

サスーン家 (Sassoon_family) – ユダヤ系の名家。
ダーウィード・ベン・サスーン(1792年 – 1864年) – 銀行家・商人。イラクのバグダードに生まれ、ボンベイに移住し、イギリスの東洋貿易に多大な貢献をした。特に阿片戦争のきっかけとなった当時のアヘン貿易において重要な位置を占めていた。
アルバート・アブドゥッラー・サスーン (Albert Abdullah David Sassoon) (1818年 – 1893年) – ダーウィードの息子。慈善事業家・商人。彼の代でケンジントン・ゴア準男爵の爵位を得た。インドの星勲章およびバス勲章を授与されている。
エドワード・サスーン (Edward Sassoon) (1856年 – 1912年) – アルバートの息子。政治家。庶民院議員。ケンジントン・ゴア準男爵。ロスチャイルド家の女性Aline Caroline de Rothschildと結婚した。

ヘンリー・ルース(創始者)ライフ(Life)はアメリカで発行されていた雑誌。写真を中心とした誌面で「グラフ雑誌」と言われる。フォトジャーナリズムという文章記事よりも写真を中心に報道・言論を構成しようという考え方はすでにヨーロッパ(特にドイツ)で試みられていた。ライフ誌はカメラマンをスタッフという専属的な所属とし、撮影から記事・レイアウト等の編集のスタイルを一貫させ、「フォト・エッセイ」と称した。第二次世界大戦前から戦後復興期、テレビの本格普及前までが黄金期で、アメリカの思想・政治・外交を世界に魅力的に伝える媒体であった。

チャイナ・ハンズまたはチャイナ・ハンド(China Hands)とは、第二次世界大戦前後にアメリカ合衆国国務省で東アジア外交を担当した中国通の外交官の総称。外交官の他に軍人、ジャーナリストや学者も含められる場合がある。

ハリマン桂会談  1905年8月29日に日露講和条約の締結が決まった(調印は9月5日)。
10月12日、ルーズベルト米大統領の意向を受けて来日したアメリカの鉄道王エドワード・ハリマンと、首相の桂太郎とが会談し、南満州鉄道の経営に関する覚書に合意した。南満州鉄道を日米で共同経営する構想で、元老の井上馨や財界の渋沢栄一も賛成していた。
しかし、日露講和会議から戻った小村寿太郎はこれに猛反発し、この覚書は破棄さた。
これを機に日米の対立が深まっていった、とみる説がある。

アイリス チャン

客家(ハッカ)

 

 

皆さん興味深い話をされていますが、河添恵子氏の本が気になってしまいました。

一連の流れがトランプにつながっていると言っています。

  ワニブックス オフィシャルサイト

 

 

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